ラモーの大傑作『プラテー』。クリスティによる決定的名演がCDで登場!クリスティが若い頃から50年以上も愛しているラモーの傑作『プラテー』がCDで登場。2020年12月にアン・デア・ウィーン劇場でロバート・カーセンの演出により上演されたおりの録音です(映像ソフトとして発売済)。カーセンの演出による『プラテー』は2014年に新演出として上演されましたが、その際はクリスティが不調だったためポール・アグニューが指揮。これはクリスティ指揮による再演ということになります。ハーヴァードで学んでいた時、クリスティはプロの演奏家として音楽を続けるかどうか迷っていた時期があったそうですが、ラモーのオペラの録音を聴いて、もし音楽を続けずにいたらこうした作品を演奏することもなく、それを一生悔やむだろうと思ったとのこと。それくらいにラモーは特別な存在。そしてラモーの良さを知るにはなんといってもオペラであり、なかでもこの『プラテー』は指折りの傑作だと断言しています。クリスティ自身、思い入れのひとしお強い演奏となっています。 ラモーの『プラテー』は1745年に初演、その後1749年に改訂版で再演されました。自分はとても魅力的だと思い込んでいる沼の妖精(カエルの女王)プラテーとギリシャ神話の神々による喜劇です。ラモーの作品の中でも指折りの傑作ですが、不思議なほど録音は少ないのが実情。このクリスティによる録音の登場は大歓迎といえるでしょう。1745年版のエンディング、つまりプラテーがひとり沼に取り残されて自分の醜さを嘆いて終わる、という版が採用されています。プラテー役は当時のヴィルトゥオーゾ歌手でとりわけこうしたコミカルな役も巧みに演じることのできたカウンターテナー、ピエール・ジュリオットを想定して書かれていますが、この上演では、特にバロックおよびコンテンポラリーで世界を席巻しているオランダ出身のテノール、マルクス・ベークマンが演じています。「声」というカテゴリーにおさまりきらない自由自在なテクニックと無限なのではと思ってしまう音域の広さ、そして抜群の演技力でプラテーを演じ切っています。プラテーは本来はカエルの姿ですが、カーセンの演出により、ここではベークマンが扮するあまり魅力のない女性(ジャケット写真で横たわっている人物)として描かれ、ファッション界のレジェンド、ラガーフェルドをモデルにしたセレブのデザイナー(=ジュピテル)に弄ばれる、という設定になっています。他の配役も、バロックにとどまらずオペラなどでも活躍している人気歌手がそろっています。 当時の演奏習慣にも精通したクリスティ。チェンバロの用い方ひとつとっても、全曲を通して演奏されていたとはもはやされていないという研究をふまえ、ここでも序曲や合唱、バレエの部分ではチェンバロは演奏されていません。楽器も、当時のオリジナル楽器あるいはそれらの忠実なコピーを用いています。また、クリスティ自身も細部にわたって近しく指導したという合唱も言葉の美しさが際立っています。合唱は場面ごとに演じている役割が違いますが、どこも見事な表情。 器楽、声楽陣、合唱、どれをとっても天国的レベル。クリスティがラモーにささげるこれ以上ない謝辞となっています。(輸入元情報)【収録情報】● ラモー:歌劇『プラテー』全曲 マルセル・ベークマン(プラテー/テノール) ジャニーヌ・ド・ビク(ラ・フォリー/ソプラノ) シリル・オヴィティ(メルキュール&テスピス/テノール) マルク・モイヨン(シテロン&モミュス(Momus)/テノール) エドウィン・クロスリー=マーサー(ジュピテル/バス・バリトン) エマニュエル・デ・ネグリ(クラーヌ&アムール/ソプラノ) エミリー・レナード(ジュノン/メゾ・ソプラノ) イロナ・レヴォルスカヤ(タリー/ソプラノ) パドライク・ローワン(モミュス(Mommuss)&サテュロス/バス・バリトン) アルノルト・シェーンベルク合唱団(合唱指揮:エルヴィン・オルトナー) レザール・フロリサン ウィリアム・クリスティ(指揮) 録音時期:2020年12月 録音場所:アン・デア・ウィーン劇場 録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ)【あらすじ(カーセンによる〜抄訳)】プロローグ俳優のテスピスが、パーティーの後、同じように酔った友人たちおよび、モミュス(Momus=皮肉や嘲笑の象徴) とタリー(喜劇の女神)らに、人間と神々の欠点を風刺する新しい演劇をつくるよう促される。モミュスは、ジュピテルがジュノンの嫉妬を治そうとした有Powered by HMV