明治期より三重県四日市市の地場産業として発展してきた萬古焼。昭和54年には伝統工芸品の指定を受け、北大路魯山人が主催した「星岡茶寮」の支配人・秦秀雄氏が萬古焼の急須を高く評価し『民藝』で紹介するなど、一部では認められてきましたが、残念ながら現在は一般にあまり知られていません。四日市市のまわりには、京都・瀬戸・美濃・常滑など多くの有名な窯場があり、やきものに適した土もなく、決して恵まれた環境ではありませんでした。しかしだからこそ、造形やデザイン性、流通の開拓など、多くの創意工夫をすることで、ほかにはないオリジナリティを生み出してきました。特に、どこかキッチュな魅力があふれる大正〜昭和の萬古焼のデザインは、現代に生きる私たちの暮らしや感性に訴えかけてきます。また、まざまなアイデアを受け入れる懐の深さや自由な気風や、海外のメーカーとの仕事など、未来のやきもの産地のあり方を考える上でのヒントも多く含んでいます。陶芸家・内田鋼一は、そんな産業の知恵から生まれてきた萬古焼に魅了されコレクションをするうちに、そのやきものが持つ魅力とその批評性に惹かれ、産地としての萬古焼に焦点をあて、やきものをアーカイブするミュージアムを企画し、今年の11月に開館予定でいます。その公式書籍であるこの本では、さまざまな萬古焼の紹介や、秦秀雄・日根野作三といった萬古焼にまつわるキーパーソンを知ることのできる対談、スタイリスト・高橋みどりによる萬古焼のしつらえ、mina perhonenのデザイナー・皆川明との対談などを収録。三重県四日市市で作陶する陶芸家の視点から、萬古焼を多角的に紐解いていきます。